おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

ネットの繋がらないパソコンと父の育児

「おぐらさん真面目なこと書くんですね…」とうっすら驚かれた前回の更新(母の日の話題)、うっかりすると次の更新が一か月後の父の日頃になっちゃうんじゃないかとうっすら思っていましたが、その通りになってしまいましたおぐらです。

 

この間は「とよはしプログラミングチャレンジ2017」に関するブログを更新していました。

toyopuro-okan.hatenablog.com

 

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「パソコン作業大好き!」というのはアナログものづくり界隈の皆さんの中ではそこそこに異質ですが、さてなぜ好きになったのか…思い返せば小学校高学年か中学生になった頃でしょうか、実家にパソコンがやってきたことにさかのぼります。

 

うちの父はまあまあ新しもの好き男子だったので、ファミコンが普及しだせばファミコンを買い、Windows98の頃にパソコンを買ってきました。

 

特にものすごいゲーマーだとか仕事でパソコンが必須だったわけではなく、とにかく子煩悩だった父は休日になったらドライブなりなんなり行くわけで、ゲーム機やパソコンは徐々に子どもたちのおもちゃと化していくわけです。

 

パソコンを買った当初はインターネットにしばらく繋いでいなかったので、ソリティアで遊ぶのに飽きた頃から私はなぜかWordに熱中していました。

 

「500円でわかるWord」という薄い入門テキストを片手に「こんなことができるのか!」「あんなこともできるのか!」とワクワクしていたのを今でもよく覚えています。

 

花も恥じらう女子中学生がネットの繋がっていないパソコンでWordに熱中していたのはいかがなものかとは思いますが、どうせ熱中するならExcelにしておいた方が後々役立ったな…とやや後悔もしています。

 

おかげさまで「パソコンはたのしい」と認識した私の頭は、その後も必要なことに関しては「とりあえず調べてやってみる」段階までは難なくできるようになりました。「苦手意識を持ってるかどうか」というのは大きいなと思います。

 

ちなみに運動に関しては非常に苦手意識を持っているので、軽い散歩をしようとしても「この歩き方ってなんか変なんじゃないか…」等々いろいろな不安が頭をよぎり、精神衛生上非常によろしくありません。苦手意識って大きいなと思います。

 

話を父に戻しましょう。

 

うちの父は無口で、タバコをよく吸い、夜は野球を観ながらビールを一本必ず飲む、いわゆる「昔ながらのお父さん」という人。器用に世渡りできるタイプではありませんでしたが、とにかく子どもの世話が好きな人。

 

定年をとうに過ぎた父ですが、パソコンはネットと年賀状くらいにしか使わないものの、今でも楽しくいじっているようです。

 

「あの時パソコン買っといてくれてありがとうね~」と思いつつ、次に帰省する時にはコードモンキーを教えてあげようと思うのでした。

 

皆さんは父の日をどう過ごされますか? プレゼントもいいですが、ゆっくり父親の思い出を振り返ってみるのもよいものですよ(・ω・)ノ

 

 

 

 

古ビルの懐かしい香りと母の働き方

わたしが利用しているコワーキングスペースは、豊橋駅前商店街にあるビルの5階にあります。

trialvillage.net

 

豊橋という町は人口37万人で人口密度はそこそこ低い、産業も農業も地味に盛んな地域です。

キラキラおしゃれな街ではないけど風光明媚な農村というわけでもない、豊橋のクラフト&ママ友とは「暮らすに良い街」とポジティブに捉えていますが、なにかに特化しているとは言いづらいのでキャッチーさに欠けるとは思います。

 

トラビレのあるユメックスビル5階から豊橋駅商店街の裏側を見てみると、なんとも退廃的な雰囲気ですが、ごく個人的にはすごく好きな雰囲気です。(※写真はそこで蓄光のために集光している様子です)

 

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ユメックスビルはそれなりに歴史のある商業ビルなので、中に入るとたまに「古ビルのにおい」がしてきます。

 

実家の母は一時期こういったビルの清掃を仕事にしていて、うろ覚えですが小さかったわたしも(おそらく幼稚園や小学校が休みの平日に)着いて回っていた記憶があります。

多少は清掃の手伝いをしたのかしてなかったのか……とにかく暇を持て余していたのと、あのなんともいえない古ビルのにおいはよく覚えています。

 

母は「とにかく勉強が嫌で早く働きたかった」というタイプですが、バリキャリというわけでもなく、結婚を機に仕事を辞めて子育てに支障のない仕事を色々と続けていました。

どれも決して時間あたりの効率がいい仕事ではありませんでしたが、子ども心に「母親は働いていて寂しい」と感じたことは一度も無く、裕福ではないものの生活に困らない家計のために身を粉にして動いてくれた母にはとても感謝しています。

 

今のわたしのような「オンライン経由で仕事をする」「北海道帰りたいから北海道で仕事つくる」というような働き方は母には想像もつかないらしく、驚きつつ感心してくれています。

しかし、母自身の方がどれだけ頑張っていて尊敬に値するか、伝えたいなと思いつつ、伝える言葉がまとまらないまま、この記事を書いて800文字を超えつつあります。

 

ピカピカのオフィスビルでない、居酒屋やカラオケの入った古めの商業ビルのにおいは、正直あまり良いものではありませんが、わたしにとっては「働く母の思い出の香り」なのです。

 

もうすぐ母の日、どんなものを贈るか悩むのも良いですが、せっかくなので何か母親との思い出を振り返ってみてくださいね。おぐらでした(・ω・)ノ

自分のメンタルバランスを半強制的に整える仕組みをつくっておこう

こんにちは、鼻水が止まらなさ過ぎなおぐらです。

 

個人的には隠すつもりはないけどお仕事的には大っぴらに書くべきではないかな~と思って積極的には書かなかったのですが、わたしはどうも人よりも感情の起伏が大きく、そこにモチベーションや体調が左右されてしまうタイプのようです。

 

ノっている時には光の速さでアポイントをとって工場見学とか行っちゃうのでちょくちょく驚かれますが、ノってない時には近所のドラックストアにシャンプーを買いに行くのも困難なほど行動力が落ちます。

 

日々の生活に支障をきたすほどではないので医療機関を受診したことはありませんが、前にいた職場を辞め際に「その躁鬱どうにかしろ」と言われたので、ある程度コントロールしないと「お仕事頼みづらい」レベルであることは自覚しました。

 

ちなみにその際「この商売のド素人が!」という言葉も賜ったので、変に素直なわたしは「ご商売の基礎を身に着けること」「気持ちの乱上下をコントロールすること」はミッションとして今でも自分に課しています。

 

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たぶんわたしと同じような悩みの方は多いでしょうし、そういった性質を持ちつつも意識してコントロールすることでビジネスを成功されている事例も知っています。

 

コントロールする方法はいろいろかと思いますが、わたしはひとつの手段として「他人を利用する」という方法をとっています。

 

どんなに落ち込んでいて自分からは何もできないときでも、何も知らない人からメッセージなりアポイントなりをもらうと、少なくともその人への対応はやらざるを得ません。(逆にこれができないくらいの時は要受診かなと考えています)

 

コワーキングスペースを愛用しているのもひとつの手段で、ここで悩みを相談したりするわけではありませんが、「他人がいる空間に身を置く」ことで自然とメンタルバランスが整えられることがよくあります。不思議ですね。

 

人によっては「ひたすら掃除をする」とか「お気に入りの映画を観る」とかいろいろ手段はあるかと思います。とにかく色々試してみて、自分にとって「コレ!」というものを見つけてくださいね。

 

 

わたしがこうしてメンタルバランスに上下のある人間なので、他の人がそうでも比較的許容できるタイプではありますが、それでも少なくとも「コントロールしようとする気持ち」は必要だと思っています。「わたしはこういう人間だから」と開き直ってしまうのはあまりよろしくありません。

 

「コントロールしたい気持ちはあるけど、自力だと糸口が見つからない」という方には積極的にヒントになりそうなことを発信していきたいと思います、おぐらでした(・ω・)ノ

小さい頃は心理学者になりたかったのと心のチューニングの話。

こんにちは、先日くじいた足がようやくきちんと治ってきたおぐらです。

 

皆さんは小さい頃にどんな夢を持っていましたか?

ケーキ屋さん、アイドル、最近は公務員!なんて夢の子も多いんじゃないでしょうか。

 

わたしも色々な夢を見ながら育ってきましたが、思い返せば一時期「心理学者になりたい」という夢がありました。

 

そんなに強い夢ではなかったものの、後々になって「どうやら心理学というのはものすごい統計処理の知識が必要らしいぞ」という噂を聞いて、いよいよ今までスッカリ忘れてるレベルで無かったことになっていました。

 

最近になっていろいろな方とお話して「人の心はおもしろいなぁ」と感じ、ふと心理学者を目指していた幼い頃を思い出しました。

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なんで心理学者を目指していたんだろう?

 

もはや直接的なキッカケは思い出せませんが、おそらく小さい頃からの「じぶんの気持ちも人の気持ちもよくわからないなあ」ということがあったからだと思います。

 

あまり多くの人と接する環境になかったので、人の心を察するというのはものすごく苦手な作業でした。

 

苦手だったからこそどうにかしたかったし、上手くいったときの喜びは人一倍だったと思います。

 

今では意図して楽しんでいますが、いろいろな立場の方と話しながら「この人はものごとをどういう風に考えているんだろう?」と推察しています。

 

年も性別も職業も違っていても、同じような思考パターンの人がいれば、同じベクトルの業種だとやっぱり考え方が近かったりして、とても面白いです。

 

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人生相談、というほどではありませんが、時折「悩み」を聞く機会があります。

 

「こういうときにセラピーとかカウンセリングの知識があればなぁ」と思いつつ、まず問題をハッキリさせるところから、これまで接してきた方々の思考パターンや行動・結果を参考にしつつ「どこがモヤモヤしていたか」を一緒に考えていきます。

 

こういう作業はとっても好きなので仕事にできたらいいなぁと思ってはいますが、なんとなく「カウンセリング」でもないし「セラピー」でもないし、なんだかしっくりくる表現が欲しいと考えていたところ、最近になって「チューニング」という作業が自分のやりたいことに近そうだと行き当たったのです。

 

調律会社の広告を見たのがきっかけなんですが、チューニングというのは画一的に整えるだけではなくて、演者のクセやその他いろいろな要素を加味しつつ行う作業なんだそうです。

 

じっくり音を聞きながら、どこが歪んでいるのか、どこが原因なのか、どうやって調整するか。どういう音が出たら嬉しいのか、どうやって演奏するのか。

 

自分の心もチューニングしながら、それがいつか皆さんにも提供できるように成長していきたいと思います、おぐらでした(・ω・)ノ

気持ち良く平常運転に戻れた5年目の本州生活。

札幌での仕事が終わった後、昨日まで道内の実家へ帰省していました。

 

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飛行機なら2時間弱とはいえ、やれ空港までの移動やら待機時間やら空港から家までの移動など、なんだかんだ北海道と愛知への行き来は1日がかりです。

 

一緒に行き来する小さな娘の疲労が心配でしたが、これまで色々同行してすっかり旅慣れしたのか、今日はいつもより早起きして元気に幼稚園へ向かいましたね。

 

対する私は今日の気圧が低めなのを確認し、身体のアチコチが痛いのを感じながらコワーキングスペースへ。

 

これまで帰省後は生活ペースが上手く取り戻せないまま気が付いたら1か月経ってた…なんていうことが毎回だったので、今日こうしてオンラインショップのメンテナンスしたりブログ書いたりなんていうのは奇跡のようです。

 

備忘録も兼ねて以前と何が違うか振り返ってみると、

コワーキングスペースを利用して仕事モードと家事モードの切り替えをスムーズに

・「実家なら子どもの面倒を見てもらってたまった仕事を片づけられる」なんていう幻想は捨てて余計な仕事・荷物を持ち込まない

・荷ほどきが少なくて済むように、ある程度の荷物は実家に置かせてもらって荷物を最小限に

・家事より仕事を優先して取り組む(やりやすい方からやる)

 

また、これまでの規制では「次いつ来れるかわからないから」という理由であちこち見て回ったり地元の友達と会ったりしてかなり疲弊していましたが、今回は実家でとにかくゆっくり暮らしてきました。

 

「次いつ来れるかわからない」と考えるより、「いつでも来られるように根回ししよう」と考えられるようになったので、札幌での講習スペースの下見などをし、「さて次はいつ北海道へ行こうかな」と前向きな気持ちで戻ってくることができました。

 

twitterでは元気いっぱいに発言しているので意外に思われるかもしれませんが、わたしは常に怯えながら生きていたので、蓄光レジンブームは1年も持たないのではないかと怯えながら、親の死に目以外で北海道へは二度と戻れないのではないかと怯えながら仕事をしていました。

 

怯えることをやめて、工夫してやりたいこと・できることに集中すると、こうも心穏やかなのかと思いながら、今日も生きています。おぐらでした(・ω・)ノ