おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き⑤

 

 

さて、ここまで4000文字をかけつつ全然オチがまとまらなかったのですが、無理矢理まとめていきたいと思います。

 

ここ5年間変わらなかったのは、常にリサーチしてトライ&エラーしてできるだけアウトプットする、というものでした。その精度はちょっと残念なレベルではありますが、「ものすごく好奇心旺盛なこと」「即行動すること」「よくわからない人脈が豊富なこと」は自他ともに認めるところです。

 

これは元々の長所だったところもあるし、短所を補うために意識的にしてきたことでもあります。

 

どんなに違うジャンルでも本質的な共通点を探し、特徴的な違いを探し、できるだけ当事者と話して答え合わせをする。

 

大学は工学部でしたが、ここでの「大規模なものづくり」と、いわゆるハンドメイド作家さんによる「小規模なものづくり」は、共通する部分や特徴的な違いがとても興味深いものでした。

 

講習によって「接客」をする必要性に迫られたとき、「自己完結」することと「他己完結」するのはこんなにも違うことなのか!と、こちらもその違いがとても興味深いものでした。

 

私はもともと好奇心旺盛な反面「何事も中途半端になってしまう」ということがコンプレックスだったのですが、これはそれなりに頑張ると「素人以上の知識を持っていてかつ専門家と意思疎通ができる(円滑な受発注ができる)」ポジションになることができます。

 

このポジションは「もうちょっと知識があると救われる素人さん」を導いたり、「もうちょっと素人の知識レベルをわかっていると円滑になる専門家さん」にアドバイスができるという、とても楽しくやりがいのある動きができるようになります。

 

両者に挟まれることにより労力もそれなりに増えますが、なにより両者に挟まれることによって「ふつうの2倍、対話によるコミュニケーションをする機会を得る」ことになるのです。やったぜ。

 

その機会を様々なジャンルで得ていくと、「色々なことをある程度できる」必要性に迫られます。ものすごいスキルが育つ!というわけではありませんが、需要の隙間隙間を埋めるようなスキルを複数育て続けることになります。

 

こういうことをしていると、いつの間にか「ひろくふしぎなスキルと人脈を持つ」人間ができあがるわけです。わたしのことです。

 

900文字を超えてまとまっていないことに焦り始めているのですが、とにかく私はいろいろな知識と経験を網目のようにつなぎ合わせて、もっと「興味深いこと」をキャッチできるアンテナを広げつつ「より大きなものを受け止められる準備」をしているわけです。

 

これまでキャッチしきれなかったり、変な方向に打ち返してしまったことも多々ありますが、これからもっと知識や経験を積んで「キャッチしたいものをキャッチして打ち出したい方向に打ち出す」ようにできれば、こんなに幸せな人生はないなと思います。

 

ということで、ここ5年間の人生の棚卸しの下書きを終わります。実はこの作業に迫られて3日くらいロクに寝られない日々だったのですが、こうして書くとだいぶスッキリしました。皆さんも(これくらいテキトーでいいので)文字に書き起こしてみると、きっと発見があると思うので、おすすめですよ。(おわり)

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き④

 これら↓の続きです

oguradiary.hatenablog.com

oguradiary.hatenablog.com

oguradiary.hatenablog.com

 

フリーになる前、主人から一番不評だったのは私が「朝起きてから寝るまで蓄光のことを考えている」ということでした。今思えば新婚の嫁が急に「これ光る!?光らせられる!?小ロットで光らせられる!?」と場所も時間も問わず叫んでいるのは、そりゃ嫌ですよね…

 

当時は非常勤で家庭の事情を優先しつつ個人的には十分な報酬をいただいていたので、「これだけもらってるからには更なる成果を出さなくては!」「もっと頑張ればもっと報酬増える!」と意気込んでいました。

 

それに反して主人から言われたのは「1日中やってるけど、それ時給に換算したら安すぎない???」というもの。

 

正直言ってショックでしたし、「いつでもどこでも蓄光と絡めて考えちゃう」自分は、精神的にヤバいのか??と一気に不安になったのです。

 

 

しかしフリーになってコワーキングスペースを中心に自営業の方と多く話すようになると「いつでもどこでも仕事と絡めて考えちゃう」というのはごくごくごくごくごく普通のことだとわかりました。むしろ私のは「ゆるい」部類に入るものだったのです。

 

私が今まで関わってきた社会人は基本的に会社勤めだったので、「仕事が終われば仕事のことを考えるのは終わり」という考え方でした。どちらの考え方がいいとか悪いではなく、単純に月給制か成果報酬かという違いだけのことだったのです。

 

この「いつでもどこでも自然と仕事と絡めて考えちゃう」ことを「経営メガネ」と呼んでいるのですが、コワーキングスペースに来て「わあ!みんな経営メガネかけてる人ばっかりじゃん!」というのがとても新鮮で、嬉しいことでした。

 

自分が自営業、もしくは身近に自営業の方が多い人は「そりゃそうだ」くらいのことかと思いますが、とにかく私には衝撃だったのです。

 

 

思い返せば高校の学校祭、そこでいわゆる「ポキっと折るとビカビカ光るやつ」を使用しました。私は隣の友人に「あれ!? これ何と何の化学反応で光るんだっけ!?」と何気なく聞いたところ、前に並んでいた「特に仲良くはない顔の端正なM君」がものすごい勢いで振り返り、「こういう時にそういう話やめてよ!!」と言ってきたのです。

 

とりあえずビックリしたのが半分、「ああ、人が楽しむときに勉強のことを話題にしてはいけないのか」と後悔したのが半分。しかし、わたしは「あらゆる関連することを重ねて考える」ということが大好きな人間なので、その時の「習ったことと実生活が重なっている瞬間」はとても充実したものだったのです。

 

当時は「わたしの考え方がだめなんだな」と卑下して納得してしまいましたが、彼が正しいわけでも私が正しいわけでもなく、「分けて考えたい人」と「重ねて考えたい人」両方がいるだけなんだね、と今では考えられます。

 

本当に人間の長所短所は人それぞれだし、「自分が必要とされる場所」を「自分でつくる」こと、またそのために「すごく頑張って見極めること」「必要な知識やスキルを身に着けること」は一生かけてやらにゃいかんわねと感じています。

 

コワーキングスペースを利用し始めてから1年半くらいになりますが、現在の私という人間はどうなっているのでしょうか? こう書きつつ今の段階で全然話はまとまっていないのですが、次回で「ここ5年間の人生の棚卸しの下書き」のまとめになります。

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き③

 ここからはじまって

こちら↓の続きです

 

さて、フリーになった私は今まで続く「オンラインショップ運営と講習活動」に主軸を置くことになります。

 

今までオンラインショップは会社側が運営していたため、個人でやるということは心理的なハードルが高いものでした。特に特商法で住所を公開するのに不安があり、いわゆる「バーチャルオフィス」というものをネットで探していた時に見つけたのが「コワーキングスペース」という存在でした。

 

当時は有名どころだというのは知らなかったのですが、7Fさんの記事がすごくおもしろかったのです↓

 

これによって「コワーキングスペース!なにそれ超おもしろそう!」となった私、運よく豊橋にもコワーキングスペースがありました。


この時は「ははーこういう時代にはこういうものが出来てるものなのだなぁ」と思っていましたが、後々「全国からみてもわりと早い時期から」オープンしている場所でした。

 

今でこそ豊橋でも「うちの会社でもコワーキングスペースやろうと思って」なんて話を聞きますが、トラビレのオープン時はまだ「コワーキングスペース?なにそれ??」っていう人がほとんどだったと思います。(いまでも一般的にはそんな感じですが)

 

いち利用者としての意見ですが、コワーキングスペースというのは「場所」というより「コミュニティ」だと思います。「どんな設備があるか?」「どんなサービスがあるか?」といったハード面ソフト面よりも「どんな人が集まって、どんなコミュニケーションがなされているか?」によって大きく変わってきます。

 

たとえ全く同じ設備で同じ価格でも、どんな人が集まるか・どんなコミュニケーションが促されるか、で全く違うコワーキングスペースとなります。逆に、たとえ場所や設備が変わっても「コミュニティ」が変わらなければ、そのコワーキングスペースは変わらないでしょう。

 

 「一般的な知名度が低くて一度体験しないとその良さがわからない」というのは蓄光コワーキングスペースも同じだなぁ、とつくづく思うので一生懸命応援しています。コワーキングスペースはいいものです。みんなトラビレ来てください!

 

ただ、先日キュアマカロンも言っていたように「楽しさは与えられるものじゃない、自分でつくるもの」というマインドはコワーキングスペースを楽しむうえで絶対必要なものかと思います。逆に、これさえあればコワーキングスペースほど楽しいものはありません。

 

 

また話がそれましたが、コワーキングスペースに通い始めて一番衝撃的だったのは「経営メガネって常時かけてていいんだ!」というものでした。(続く)

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き②

 これ↓の続き。

oguradiary.hatenablog.com

 

 

さて、新婚3ヵ月目にして発狂しそうになっていた私は、パートを探すことにしました。それでも「北海道に帰りたい!」という気持ちが強く、ネットで唯一見つけた「勤務時間・勤務場所 要相談」という(今思えば)若干あやしい求人に即応募したのです。

 

これが本当に人生を大きく変えるものでした。当時は少しずつ変化していたのであまり気になりませんでしたが、とにかくすべての発端はココなのです。

 

知っている方は知っている通り、この求人に応募したことによって私は「蓄光のおぐらさん」と「ならなければならなかった」のです。某新規ブランドの構想から立ち上げ、走り出しから一定レベルまで安定するまで、約3年間どっぷりと携わってきました。

 

「これはふつうに生きていたら体験できないな」という貴重な経験・気づきが多々あった一方で「なんであんなことしてきたんだ…」という後悔も多々ありました。

 

「良かったこと」を挙げていくとキリがありませんが、

・経営者とじっくり対話する機会がたくさん持てたこと

・お客様としっかり関わってアンバサダーマーケティングの経験ができたこと

の2点は本当に私にとってかけがえのない体験でした。

 

「悪かったこと」もまぁキリがないのですが、

・理屈を通せば上手くいくと思っていたこと

に集約されるかなと思います。

 

その約3年間携わった仕事から離れたのは全く後悔していませんが、先方の「偉い人」とはケンカ別れでしたし、家庭でも主人からの(私の仕事についての)信頼を取り戻すのにココから2年かかることになります。

 

もし、もしも当時、もっと私に知識と経験と相談できる人がいたら、もっと上手くやれていたかな…? と思うことがあります。

 

が、いま私が関わっている人脈や環境はすべて「あそこから離れたから」あるもので、とても幸せに暮らしています。

 

「なんで北海道離れちゃったんだろう?」と思うこともちょくちょくありますが、それで改めてわかった「北海道の良さ」、住まないとわからなかった「豊橋の良さ」があります。

 

実は一番濃い期間だったこの3年間をサラッと振り返りましたが、ここでの経験によって「適切なモノコトを適切なフィールドで適切に実行する」というごくごく基本的なことがいかに大切かを学びました。また、特定の人の考え方や機嫌に一喜一憂するのではなく、広く人と関わり視野を広げることも。

 

ということで、次はここ5年間で2番目に私の人生を大きく変えたであろう「コワーキングスペースを利用する」という話題に移ります。(つづく)

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き①

こちらのブログでは大変お久しぶりです、おぐらです。

 

ちょっと必要に迫られて「人生の棚卸し」作業を進めています。正確に言うと頭の中では上手くまとまらなくてブログでの発信を下書き代わりにしようとしている魂胆です。

 

※冒頭から話が剃れますが、このいわゆる「下書き」作業をあえて「発信の場」でやるのは、「読まれる緊張感」を持たせるためです。下書きといいつつブログ記事としては完成させますが、ここの内容をまた必要な形に書き換えるという点では下書き、ということです。

 

さて、本当の「人生の棚卸し」は人生丸ごとやるものかと思いますが、今回の私にとって必要なのは今日までの5年間。ちょうど豊橋に越してきた頃からです。

 

私は生まれも育ちも北海道。実は主人の勤務地が豊橋に決まるまでは「豊橋市」の存在自体知らず、愛知県ですら「静岡の隣だっけ?右?左?」くらいのものでした。※単純に元々地理がすごく苦手

 

超してきた当時は「結婚したら扶養の範囲内でパートをして、年に1回か2年に1回くらいは北海道に帰省出来たらいいな…」と考えていました。それが普通の「結婚して故郷と遠く離れる生き方」だと思っていたのです。

 

しかし親戚はおろか知り合いも土地勘も無い土地での新生活というのは想像以上に負担が大きく、予定していた「しばらくは気楽な専業主婦での新婚生活」というのは3ヵ月ほどで限界を迎えることになりました。

 

細かい所は割愛しますが、あんなにも「地元を離れたい!」と思って結婚したはずが「地元に帰りたくてたまらない!」となってしまったのです。

 

いま思えば一番つらかったのは「一定時間対話によるコミュニケーションができない」ことでした。知っている方はご存知の通り、私は一定期間に一定時間以上の会話をしないと尋常でないストレスを抱えることになります。逆に「じっくり喋られれば他に何もいらない」というタイプなので、素敵なスイーツやファッションが無くてもゴキゲンに生きていけます。

 

ただし、この「対話」というのが「脳みそを揺り動かされるもの」でなくてはいけないのです。私にとっての会話によるコミュニケーションは、それによって脳みそを揺り動かして快感を得る手段なのです。

 

これを日常的に得るというのはなかなか大変なのですが、ここ5年間…いやこの先一生に渡って「そういう機会を得る」というのは一番重要なテーマだとわかりました。

 

「おぐらさんって色々なんでもやるね」とよく言われますが、実は根っこは1つだったりします。また、ジャンルや取り組み方が違っても最終的な目的地もひとつです。

 

(続く)