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おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

応援するほど感じる応援の難しさ

皆さんご存知の通り九州で大きな地震がありました。余震が続き、不安で不便な生活を強いられている人がたくさんいらっしゃいます。

 

「私たちにできることを」と支援の声がたくさん上がる一方で、東北の震災をはじめとしたこれまでの経験から「千羽鶴が大量に送られるのは大変困る」など、「支援の質」も問われるようになってきました。

 

わたしは普段Twitterでは「ふと見かけた素敵なもの・こと」を勝手に大々的に応援しています。

 

勝手にやってるにも関わらず感謝してくださる方がいてありがたい限りですが、そういうことばかりではありません。

 

失敗することもあるし、迷惑をかけることもあるし、怒られることもあります。

 

これは「こっちは良かれと思っているのにけしからん!」ということではありません。「的確でない善意の押し付けは迷惑でしかない」からです。

 

本当にその人のために応援したいのであれば、何が求められているのか・どう求められているのかを正確に見極める必要があります。

 

そして可能な限りのエネルギーを必要なところに集中させます。金額的なことではなくて、エネルギーです。

 

 

今日は「芸能人が500万円の寄付をブログに載せてネットで炎上」という話題でもちきりのようです。こちらには賛否両論あるかと思いますが、正直言って「それになんの意味があるの??」と思います。

 

ちょうどわたしもアメブロを更新している頃だったので、管理画面から嫌でもそのヘッドラインが目に飛び込んできました。不快にならなかったといえば嘘になります。

 

それは「芸能人が自分の寄付金額をわざわざブログにアップしたから」というよりは「わざわざそれをヘッドラインに入れて注目させている」ことです。

 

さらに騒ぎになっているのを聞きつけたメディアがテレビで特集し、わざわざ街頭インタビューまでする…こう、もうちょっと他のことにエネルギーを使えなかったんでしょうか。

 

ワイドショーがキャッチーでゴシックな話題を特集するのはそういう仕事なので致し方が無いとは思いますが、その一連の騒動をたくさんの人が見て思考をそっちに持ってかれるのは「被災地を応援したい」のであれば無駄以外の何物でもありません。

 

 

応援にエネルギーを集中させるには、できるだけ不必要なことには無関心を貫くこと。

 

心無いことを言う人とか、無駄な話題で盛り上げさせようとしている人とか、ここぞとばかりに自分のイデオロギー的な主張を地震と絡めて正当化しようとする人とか、被災地の状況が知りたいのにそういう無駄なことが目に飛び込んできてばかりです。

 

感情はどうしても沸いてくるので、そういった情報に心乱されないようにするのは容易とは言えません。しかし、意識すればできないことではありません。

 

心やさしい皆さま、どうぞその気持ちを余計なものに削られることなく100%を被災地を応援するエネルギーにしてください。