おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

受け付けなかった本との付き合い方

ほんとにお金が無かった頃は何か勉強したいなと思った時には古本屋で同じテーマの新書を3冊買ってました。

一冊だと比較できないし、二冊だと片方がダメかもしれないから三冊。もっと読めよって話なんですけどお金なかったんです。新書なのは持ち運びの便利さもあるけど、ハードカバーは中古でもそれなりにするしね。


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中古屋にあるということは、誰かが売った結果ということなわけで、ダメなのばっかりかというとそうでもなく。

①発刊部数がたっくさんの有名本がしばらく経って売られる
②内容は悪くないけど買った人が理解できない・合わなかったために売られる
③内容もダメダメで売られるべくして売られる

③を3冊選ばなければいいだけなので、目次の構成をばばばーっと見てびょびょっと選ぶ。


とはいえ、目次は良さそうだけど、いざ読んでみたらイマイチ合わないものも出てくる。その著者がダメで私はスゴイ!という意味ではなくて、単純に「合わない」ということ。自分の素養が足りない場合もあるし、発刊当時の情勢と今が変わってしまっている場合もあるし。

そういうときの「うーん?」という違和感をじっくり考えて向き合うと、スラスラ納得しながら読めた本より収穫があったりするので、合わない本もありがたい存在。だいたいこの違和感の底に「わたしがゆずれないこと」が隠れてたりするものです。

なんでこんな話を書いてるかっていうと、先日買った本が「うーん?」というものだったからです。話題の本だったのでうっかり目次も読まずに買ってしまったのですが、どうも合わない感じだったのです。

さて、たくさん違和感と向き合って元を取らねばなりません。