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おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

思春期頃の悩みって案外あとで身を助ける(かもしれない)からティーンエイジャーは未来に希望を持っていい

ギリギリ平成生まれのわたしは、利用しているコワーキングスペースではおそらく最年少だろうと思います。

 

が、ここ最近見かけるようになった男性スタッフさんがやけに若そうだな~~と思って今日年齢を聞いてみたら大学生でした。10ほど年下です。oh...

 

そうだよね、いくら平成生まれと言っても序盤メンバーはそろそろアラサーと呼ばれる年代。「あれ? Hey! Say! JUMP がなんかみんないい歳なってない?」という気づきも当然なのです。

 

そんなコワーキングスペースで先日懇親会という名のゆるい飲み会があったのですが、普段最低限の挨拶くらいしかしない私がベラベラベラベラしゃべるので大変おどろかれました。

 

ふだんのTwitterをご覧の方には「異常にテンションの高い人」と認識されているかと思いますが、コワーキングのメンバーには「最近よく来るけど隅っこの方で無言でパソコンに向かってる人」だったのです。

 

別にこれは我慢してるわけでもなんでもなくて、わたしは基本的に「必要ないところではしゃべらない」人間なんですよね。逆に「しゃべった方がよさそうな場面」の場合は、たとえ見知らぬ人でも立場の違う人とでもよくしゃべります。

 

これって自分にとっては「ふつう」だったんですが、案外みんなそうでもないんだね? ということに(やっと)気づきました。

 

最近はこれが役立つことが多いのでありがたいんですが、思春期の頃はこれについて非常に悩んでいました。

 

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わたしの実家は北海道の片田舎で慎ましく暮らす核家族でしたが、家族全員口下手(もしくは聞き下手)という特徴があり、わりとささいな事柄でもコミュニケーション不全に陥ることがそれなりの頻度でありました。

 

末っ子として生まれたわたしは「それがふつう」だったわけですが、いつの間にか「わたしが意思疎通の助けにならねば」という使命感を小さい頃から持っていたのを覚えています。

 

少ない言葉かけからでも状況に応じて意図をくみ取り、時にジョークを飛ばし、誤解がありそうならそれとなくフォローする。家族仲は昔も今もとっても良いものの、口下手達によるコミュニケーション不全は治りませんでしたね。

 

ひとたび家を出れば口下手でない人たちであふれているので、特に進んで自分からコミュニケーション不全をどうにかしようという気はありませんでした。だって必要ないし。

 

気のいい友人と愉快な会話をするのはもちろんありましたが、特に話さなくてもいい場面では本当に無言。なので、特にさほど仲の良くないクラスメイトからは「無口な人」と思われていたかと思います。

 

家族からは「どこでも誰とでもよくしゃべる娘」と思われていたし、外では「とにかく無口な人」と思われていたし、そもそもわたし自身は「いや必要に応じて分けてるんだけども」という思いで、思春期にありがちですがこういう祖語はものすごいストレスになっていました。

 

「ほんとうのわたしってなんだろう?」

 

という、アラサーも近くなると書き出すだけでむずかゆくなるような悩みに苦しんでいたのです。

 

今でも時と状況によってカメレオンのように変わっていって自分でもよくわからないことにならなくはないですが、それはわたしが生きる上で「大切なカード」になっています。どこでどんなカードをきるか、それによって印象のギャップを与えることはありますが、あくまでわたし自身は「いろいろなカードをきっているわたし」なのです。

 

twitterでいかにもティーンエイジャーっぽい悩みツイートを見かけるとあまずっぱにがい思いがしてニヤニヤしてしまいますが、わかるよ、悩ましいよね、でも上手く昇華させればそれはきっと強い武器になるよ、と思ってしまいます。年をとりました。

 

わたしの身で「年をとった」とか書くと前線でバリバリ働いているお姉さま方にボコボコにされるか「ああ、こういう風に思う時期ってあるよね」なんて言われそうなので、きちんと頑張ろうと思った昼休憩中のおぐらでした(・ω・)ノ