おぐらダイアリー

日々納得したことの記録。

ここ5年間の人生の棚卸しの下書き①

こちらのブログでは大変お久しぶりです、おぐらです。

 

ちょっと必要に迫られて「人生の棚卸し」作業を進めています。正確に言うと頭の中では上手くまとまらなくてブログでの発信を下書き代わりにしようとしている魂胆です。

 

※冒頭から話が剃れますが、このいわゆる「下書き」作業をあえて「発信の場」でやるのは、「読まれる緊張感」を持たせるためです。下書きといいつつブログ記事としては完成させますが、ここの内容をまた必要な形に書き換えるという点では下書き、ということです。

 

さて、本当の「人生の棚卸し」は人生丸ごとやるものかと思いますが、今回の私にとって必要なのは今日までの5年間。ちょうど豊橋に越してきた頃からです。

 

私は生まれも育ちも北海道。実は主人の勤務地が豊橋に決まるまでは「豊橋市」の存在自体知らず、愛知県ですら「静岡の隣だっけ?右?左?」くらいのものでした。※単純に元々地理がすごく苦手

 

超してきた当時は「結婚したら扶養の範囲内でパートをして、年に1回か2年に1回くらいは北海道に帰省出来たらいいな…」と考えていました。それが普通の「結婚して故郷と遠く離れる生き方」だと思っていたのです。

 

しかし親戚はおろか知り合いも土地勘も無い土地での新生活というのは想像以上に負担が大きく、予定していた「しばらくは気楽な専業主婦での新婚生活」というのは3ヵ月ほどで限界を迎えることになりました。

 

細かい所は割愛しますが、あんなにも「地元を離れたい!」と思って結婚したはずが「地元に帰りたくてたまらない!」となってしまったのです。

 

いま思えば一番つらかったのは「一定時間対話によるコミュニケーションができない」ことでした。知っている方はご存知の通り、私は一定期間に一定時間以上の会話をしないと尋常でないストレスを抱えることになります。逆に「じっくり喋られれば他に何もいらない」というタイプなので、素敵なスイーツやファッションが無くてもゴキゲンに生きていけます。

 

ただし、この「対話」というのが「脳みそを揺り動かされるもの」でなくてはいけないのです。私にとっての会話によるコミュニケーションは、それによって脳みそを揺り動かして快感を得る手段なのです。

 

これを日常的に得るというのはなかなか大変なのですが、ここ5年間…いやこの先一生に渡って「そういう機会を得る」というのは一番重要なテーマだとわかりました。

 

「おぐらさんって色々なんでもやるね」とよく言われますが、実は根っこは1つだったりします。また、ジャンルや取り組み方が違っても最終的な目的地もひとつです。

 

(続く)